もんじゃ焼きと江戸の風情を満喫!月島・佃エリアを歩く下町さんぽ
東京の下町情緒が色濃く残る「月島・佃」エリア。80軒以上のお店がひしめく活気あふれる「もんじゃストリート」はもちろん、少し足を延ばせば江戸時代から続く歴史ある街並みや、隅田川の心地よい水辺の景色が広がっています。今回は、絶品もんじゃ焼きの食べ比べから、下町の路地裏、さらには江戸の面影を残す老舗めぐりまで、月島と佃の魅力をたっぷり歩いてきました!
80軒以上が軒を連ねる!活気あふれる「もんじゃストリート」
月島駅の7番出口を出ると、目の前には通称「もんじゃストリート」と呼ばれる「月島西仲通り商店街」の入口が広がっています!まずは入口にある「月島もんじゃ振興会協同組合」に立ち寄り、無料で配られている「もんじゃマップ」を手に入れて散策スタートです。
通りには、ジャングルポケットのおたけさんが経営する行列店「竹の子」をはじめ、名店がずらりと並んでいます。せっかく月島に来たので、今回はもんじゃ焼きを2軒めぐることにしました!お店は山ほどあり、どこに入っても当たりな気がしますね……こうなったら現地のフィーリングで選ぶのも楽しみ方のひとつです!
まずは1軒目として、ほどよく席が空いていてふらっと入りやすかった「おしお NST店」へ入りました。注文したのは、オリジナルもんじゃの欄で一番上にあった「明太子もちチーズ」です!
店員さんが手際よく焼いてくれたもんじゃは、明太子が丸ごと一本にお餅とチーズが絡み合い、ソースをかけなくてもしっかり味が濃くて絶品です!途中でソースも試してみましたが、そのまま食べるのが一番素材の旨味を感じられました。
100年前の交番と、ビルの中の観音様
お腹が満たされたところで、2軒目に備えて通りの端まで歩いてみます。通りに立つ「月島警察署 西仲通地域安全センター」は、100年ほど前に建てられた元交番。警視庁に残る中で、一番古い交番の建物なんだそうです。
見落としそうになるのが「月島観音」です。パッと見は、ただの雑居ビルの入口にしか見えません。昭和26年に長野の善光寺の別院として建てられ、再開発のときに銭湯の「月島温泉」と一緒にビルの中へ収まったそうです。長野の善光寺と月島が繋がっていたとは、意外でした。
月島は、明治25年に隅田川の河口を埋め立てて造られた島です。戻りがてら一本裏の路地へ入ると、ザ・下町といった風景が残っていました。この辺りは戦争の被害も免れたので、昔ながらの路地の姿が見られるんですね。
路地の奥に潜む「佃天台地蔵尊」
一旦月島駅まで戻り、大通りの高架下を抜けて、もんじゃストリートとは反対側の佃へ。佃は、明治にできた月島よりもずっと古い島です。落ち着いた住宅街を歩いていくと、左手に真っ赤なのぼりが見えてきました。
のぼりの先にあるのが「佃天台地蔵尊」。江戸時代より、地域の子どもたちを水難事故から守ってきたお地蔵様です。家と家の間には、人ひとりがやっと通れるほどの細い路地が延びています。近づいただけで、お線香の香りがしっかり漂ってきました。
路地の途中にあるお堂では、樹齢およそ400年と言われるイチョウが屋根を突き抜けていました!路地はそのまま通り抜けられて、抜けた先は「佃波除稲荷神社」の前です。
佃煮発祥の地!佃堀と老舗の佃煮屋さん
神社の目の前に広がる水辺が「佃堀」、赤い欄干の橋が「佃小橋」です。佃小橋の下の川底には、住吉神社のお祭りで立てるのぼりの柱が、保存のために埋められています。高さ18メートルにもなるのぼりで、柱は3年に1度の本祭りのときだけ掘り出されるそうです。川底をタイムカプセルのように使う、昔の人の知恵ですね。
佃は、江戸時代初めの1645年ごろ、大阪の摂津国佃村から移り住んだ漁師さんたちが築いた島です。その漁師さんたちが、獲れた小魚を煮て作った保存食が「佃煮」の始まりです。佃小橋の周りには、今も老舗の佃煮屋さんが残っています。天保8年(1837年)創業の「天安本店」や、安政6年(1859年)創業の「つくだに丸久」などです。
せっかくなので天安本店さんで、たらこ・生あみ・しょうがを100グラムずつ買って帰りました。たらこは濃い味で、お酒のツマミにもぴったり!生あみはしっかり味がついているのに、どこかさっぱりしています。しょうがはしょっぱめで、これだけで白いご飯が進みました。
川を向いた鳥居の「住吉神社」と石川島灯台
隅田川の方を向いて立つ大きな赤い鳥居は、住吉神社の「一の鳥居」です。昔は渡し船で川を渡ってお参りに来ていたので、川の方を向いているんだそうです。佃と対岸を結んだ「佃の渡し」は、江戸時代から約320年続きました。昭和39年に佃大橋ができるまで、隅田川で最後まで残った渡しです。
鳥居から延びる道が、そのまま参道になっています。住吉神社は、佃島を築いた漁師さんたちが故郷の大阪から神様を迎えて建てた神社。2026年は、ちょうど鎮座380年の節目の年だそうです。手水舎の欄間には、石川島の灯台や佃の渡しなど、昔の佃島の風景が彫られています。
欄間に彫られていた灯台は、住吉小橋を渡った先の佃公園に復元されています。この辺りはかつて「石川島」という別の島で、鬼平こと長谷川平蔵の進言で「人足寄場」という更生施設が置かれていました。灯台は、幕末の1866年に人足たちが築いた常夜灯を、平成になってトイレの上のモニュメントとして復元したもの。お城の櫓のような可愛い灯台ですが、写真を撮っているとトイレも映り込むのでなんだか微妙な気持ちになりますね……。
近代造船の発祥地から、隅田川の水際へ
灯台からは、隅田川沿いの遊歩道を歩いていきます。右手の高層マンション群「リバーシティ21」の場所には、かつて「石川島造船所」がありました。幕末に水戸藩の徳川斉昭が創設した、今のIHIの工場です。日本の近代造船の発祥の地なんですよ。
白いワイヤーが張られた「中央大橋」は、隅田川とセーヌ川が友好河川である縁で、フランスのデザイン会社が設計した橋です。川には松本零士さんがデザインした水上バス「エメラルダス」も走っていて、眺めているだけで飽きません!
中央大橋をくぐった先の「パリ広場」からは、階段で水際まで降りられます。足元まで波が打ち寄せてきて、ただぼーっと川を眺めていたくなる場所でした。
橋の途中から降りる「中の島公園」と明治丸
コメダ珈琲で一休みした後は、ちょっと変わった公園がある「相生橋」へ。この橋は途中から下へ降りられて、中洲が「中の島公園」になっています。昭和2年に、東京で初めての水上公園として開かれた公園です。川の水が汚れて一度は閉園しましたが、水がきれいになって再び開かれました。
公園は橋の下をくぐって、北と南を行き来できるようになっています。ベンチもあって、子どもの遊び場というより大人の休憩スポット。川を行き来する船を眺めているだけで、時間が過ぎていきます。
川の向こうに見える帆船は、東京海洋大学のキャンパスに保存されている「明治丸」。明治7年にイギリスで造られた、国の重要文化財の船です。明治天皇も乗ったことがあります。実は「海の日」は、明治天皇がこの船で横浜に帰ってきた7月20日にちなんで生まれた祝日なんです!
2軒目はタワマンの中の「もんろう はなれ」
もんじゃストリートに戻り、2軒目もフィーリングで選びます。お店の前にお祝いの花が並んでいた「月島もんじゃ もんろう はなれ」です。
注文は豚カレーに長ネギをトッピング。1軒目と比べると、こちらは薄味ですね。お店の人によると、ソースや塩コショウで好みの味にして食べてほしいとのこと。お店ごとに、もんじゃの味はずいぶん違うんですね。最後の1軒なので、歯につくのを気にせず青のりもかけちゃいました!
お店を出ると、すっかり日が暮れていました。明かりのついたもんじゃストリート、これから夜にかけてもっと賑わっていくんでしょうね。
まとめ:もんじゃと島巡りの街、月島・佃
月島、佃、石川島、そして川の真ん中の中の島。もんじゃの腹ごなしのつもりで歩いたら、いくつもの島を巡る散歩になりました。江戸時代から続く漁師町の歴史も、隅田川の開放的な景色も、もんじゃストリートから歩いて行ける距離にあります。
お店ごとに違うもんじゃの味を比べるのも、月島ならではの楽しみ方。もんじゃを食べに行くなら、ぜひ合間に佃まで足を延ばしてみてください!
