横浜市磯子区の新杉田駅と、そこから西へ500メートルほどのところにある京急杉田駅。地図で見ればただ隣り合っているだけの2駅ですが、このエリアを歩いてみると、昭和の大スターの原点から埋め立て前の海の記憶まで、思いがけない話が次々に出てきました。今回はそんな新杉田・杉田エリアを、お昼から夕方までぐるっと一周してきました。小さなエリアなのに、寄り道だらけの散策になりましたよ!

新杉田駅と「らびすた新杉田」

新杉田駅は、JR根岸線と金沢シーサイドラインが乗り入れる駅です。JRの改札を出ると、そのまま駅ナカの「ビーンズ新杉田」の通路になっています。パン屋にワッフル、スイーツに崎陽軒と、食べ物屋がずらり。乗り換えのついでに用事が片付いてしまいそうです。

金沢シーサイドライン新杉田駅

この通路は、金沢シーサイドラインの改札にもつながっています。シーサイドラインは新杉田駅を起点に、金沢八景駅まで海沿いを走る路線です。実はこの路線、全部の列車が自動運転で運転士さんが乗っていません。普段は運転席を使わないので、先頭の窓から前がまるごと見えます。海沿いを走る路線でこの前面展望は、絶対に楽しいやつですよね!

らびすた新杉田

駅から連絡通路を渡った先にあるのが「らびすた新杉田」。スーパーや銀行、飲食店が入った駅前の大きな商業施設です。そしてこのビルの4階には、「杉田劇場」という区民文化センターがあります。この名前、かつてこの街にあった伝説の劇場から受け継いだものなんだそうです。跡地は歩いてすぐとのことなので、向かってみます!

美空ひばりが8歳で初舞台を踏んだ「旧杉田劇場」

らびすたを出て、国道16号を5分ほど歩きます。かつての杉田劇場は、昭和21年の元旦にオープンした劇場でした。飛行機工場の建物を改修して作られたそうです。

旧杉田劇場の案内板

その劇場で、同じ磯子区・滝頭にあった魚屋の娘さんだった8歳の女の子が初舞台を踏みました。それが美空ひばりさんです!オープンから3か月ほど後、昭和21年の4月頃のことだといいます。昭和の大スターの原点が、この街にあったんですね。建物自体はたった4年で閉まってしまい、今は案内板が残るだけです。

旧杉田劇場があった場所

その案内板で目を引いたのが、当時を伝える一文でした。観客席から裏庭に出ると、すぐ海で真下まで波が寄せていた——つまり、今立っているこの場所が波打ち際だったということです。今の景色からは、まったく想像がつきませんね。

源義家が創建した杉田八幡宮と、梅の名所だった妙法寺

劇場跡から少し歩くと、横断歩道の正面に鳥居が見えてきます。杉田八幡宮です。創建は康平6年、西暦1063年。鎌倉の鶴岡八幡宮を建てた源頼義の息子・義家によるものと言われています。

杉田八幡宮

この神社で見逃せないのが狛犬です。横浜市の文化財に指定されていて、奉納されたのは元禄5年、江戸時代の前期になります。獅子の形をしていない珍しいタイプで、どことなく犬っぽい顔をしています。迫力よりも可愛さが勝つ狛犬でした。

牛頭山妙法寺

続いて、すぐ近くの「牛頭山妙法寺」へ。実は江戸時代、このあたりは「杉田梅林」と呼ばれる梅の名所でした。妙法寺は、その梅林を作った領主の菩提寺にあたります。海がすぐそこで、梅の名所でもあった街。今とはずいぶん違う景色だったんですね。

杉田のビャクシン

山門の前には、樹齢600年ほどの「ビャクシン」の大木が立っています。神奈川の名木100選にも選ばれた木で、枝のうねり具合に圧倒されました。

妙法寺開祖の日荷上人は足腰の守護神なので、歩いてばかりの身としてはしっかりお参りしておきました!

新杉田公園でひと休み

新杉田公園の入口

国道16号に戻ってさらに5分ほど歩くと、新杉田公園が見えてきます。何面も並ぶテニスコートに、ナイター照明まで立つ野球場。公園というより運動場、と言ったほうがしっくりくる本格的な設備です。入口のあたりは桜並木になっているそうで、春に来たら素敵でしょうね!

奥には芝生広場や遊具もあり、レストハウスで休憩もできます。ここは自販機がやたら多くて、外も含めて6台もありました。

埋め立ての先にある海へ。杉田臨海緑地

旧杉田劇場の案内板で、この街が昔は海だったと知ったばかりです。その海が埋め立てでどこまで動いたのか、実際に見てみたくなりました。向かったのは、根岸湾に面した杉田臨海緑地です。

杉田臨海緑地の入口

ただ、新杉田公園からまっすぐ突っ切ることはできません。トラックばかりが行き交う道路を、ぐるっと迂回していくことになります。駅からも距離があるので、気軽に立ち寄れる場所ではないかもしれません。

たどり着いた緑地には高台があり、登ってみると海がよく見えていい景色!向こう岸に並ぶたくさんのクレーンが、なんだかかっこよく見えてきます。

杉田臨海緑地から眺める根岸湾

ここは釣り場としても知られていて、アジやカレイ、タチウオまで釣れるそうです。潮の香りをかいでいると、劇場の裏がすぐ海だった、という話を思い出しました。あそこからこの場所まで全部海だったと思うと、不思議な気分になります。

家系ラーメン発祥の地と、1974年生まれのカレー

新杉田駅前に戻ってお昼にしましょう。この街に来たら絶対に行きたかったのが、駅のすぐそばの「ラーメン杉田家」です。全国に広がった家系ラーメンは、もともとこの杉田で生まれました。一番最初のお店である「吉村家」は1999年に横浜駅のほうへ移り、そのとき店主の吉村さんが弟子に新杉田を任せたお店が杉田家です。

杉田家

本人が認めた直系の1号店とあって、朝5時の開店前、4時台から並ぶ人もいるそうです。訪れたのは14時過ぎだったので、さすがに落ち着いているだろうと思っていました。ところが、お店の横には20人以上と思われる行列。この後の予定もあったので、今回は泣く泣く諦めました……。

代わりに向かったのが、らびすた新杉田に入っている「スタミナカレーの店 バーグ」。横浜のソウルフードと呼ばれるカレー屋さんです。新杉田駅前にカウンター8席の小さな洋食店として開いたのが1974年、吉村家が創業したのと同じ年でした。

スタミナカレー

看板メニューのスタミナカレーは、お皿いっぱいに豚肉が乗っていてカレーが見えないほど。しっかり辛くてとろっとした濃い味付けで、ごはんが進みます!

パン屋だらけの商店街「ぷらむろーど杉田」

ここからは京急杉田駅へ移動します。新杉田駅と杉田駅を結んでいるのが、商店街「ぷらむろーど杉田」です。杉田駅の手前まで、500メートルにわたって続いています。チェーン店も見かけますが、目立つのはずっとここに居を構えてきたような個人店。生活に根ざしたお店が元気な商店街は、今どき珍しいですよね。

ぷらむろーど杉田

歩いていて気になったのが、パン屋の多さです。チキンカレーパンで賞をとっている「イル・デ・パン」、踏切の手前にある「カネキヤ」は創業1869年の老舗。ほかにも本牧館やリトルマーメイド……。狭い範囲にこれだけ集まっているのは、なかなかの密度です。

プララ杉田

商店街の端まで来ると、京急杉田駅に併設された商業施設「プララ杉田」が見えてきます。京急の改札もこの建物の中です。1階から3階までが吹き抜けの広場になっていて、学校の演奏会やプロレスも開催されるとか。駅ビルの吹き抜けでプロレスとは、ぜひ見てみたい光景です!

カフェでひと息。「杉田」の地名を生んだ東漸寺

あちこち寄ったので時間はかかりましたが、まっすぐ来れば新杉田駅から杉田駅までは10分ほど。帰りは商店街を戻りながら、気になっていた「喫茶ルカニア」へ。雑居ビルの2階で少しハードルを感じる立地ですが、入ってみると木とレンガの素敵な内装でした。900円のケーキセットで頼んだプリンが、上品な味で最高です。

喫茶ルカニアのケーキセット

新杉田駅へ戻る途中、もう一か所だけ寄り道です。商店街の脇道を入った先にある「東漸寺」は、鎌倉時代からこの場所にあるお寺です。実はこのお寺、「杉田」という地名の由来になっているんです。

東漸寺

昔、境内にあった杉の木に軍旗を立てたことがあり、その杉が「旗立杉」と呼ばれるようになったそうです。そこから、この一帯が杉田と呼ばれるようになりました。新杉田も、杉田も、ぷらむろーど杉田も、出発点は全部ここ。歩き回っていた街の名前が一本の木から来ていたと知って、なんだか嬉しくなりました。

まとめ:2駅の間に、これだけ詰まっている街

2駅の周辺をぐるっと回っただけなのに、見どころの多さにすっかりクタクタになりました。美空ひばりさんの初舞台、家系ラーメンの1号店、地名の由来になった杉の木。歴史も食も商店街も、狭いエリアにぎゅっと詰まった街でした。

心残りはやっぱり、杉田家の行列です。あんなに並んでいるのを見せられると、今になって無性に食べたくなってきました!また別の機会に食べに来たいですね!

Youtubeもやってます